「世界の昆布」昆布の豆知識

中国編 その1

中国4000年の歴史に昆布が登場するのは周の時代(約2500年前)。『爾雅(ジガ)』という書に綸布(カンプ)という昆布の語源になったと思われる文字が出てきます。以後、昆布の中国名の海帯(ハイダイ)という言葉は1057年の本草書「嘉祐本草」で始めて登場します。内陸に都が続いた中国では、海産物が貴重品であり、自然条件として昆布が成育しない土地柄、古くは渤海、そして朝鮮や日本から貢ぎ物として伝わったと考えられます。清の時代(日本では江戸時代)からは長崎や琉球を経由して日本の昆布が大量に輸入されました。

内陸部の風土病(ヨード不足から甲状腺が肥大し瘤になる)対策には欠かせなかったようです。その後、ペリー提督の通訳として来日した広東の中国人羅森の情報により函館から直接昆布が中国にもたらされるようになりました。

中国編 その2

1930年代、日本人大槻洋四郎により大連、煙台で昆布の養殖に成功し、中国での昆布養殖の時代が開かれました。現在中国では年間70万tとも80万tともいわれる膨大な量の昆布が総べて養殖で生産されています。

その約半分は山東省で生産され、福健省、遼寧省でも生産されています。その多くは化学工業用原料とされ食用は、少ないのですが約1000年以上昆布の輸入国だった中国は世界一の昆布生産国となり、台湾や日本に輸出する立場となりました。料理法は地域によって異なりますが、刻み昆布を前菜として使用したり炒めたり結び昆布のスープなど様々です。ただし、養殖物の1年草ですのでダシ昆布としてはほとんど使用されていません。青島にある中国科学院海洋科学研究所の曽教授と費教授は現在昆布の世界的な権威としてその名を広く知られ、最新の養殖技術を駆使して量から質の時代に転換を図っています。

台湾編

台湾で昆布はごく普通にどこでも見られる食材です。屋台の前菜や家庭料理に大量に使用されています。市場では、乾物として売られていたり、結び昆布や加工品として大量の昆布が売られています。以前は沖縄同様に釧路地方の長昆布を輸入していましたが、最近は低価格が魅力の中国産にほとんど変わってしまいました。ただし、昔の味覚を覚えている人々は日本産の昆布を愛用しているようです。

台湾やタイなどのアジア諸国は、現在和食ブーム。経済の成長と共に「健康」が食のテーマとなってきます。低カロリーで栄養バランスに優れた和食がアジアの人々に注目されています。和食の基本であるダシの原料である昆布は、今アジアの多くの人々に拡がりつつある古くて新しい食材です。

アメリカ編

日本や中国・台湾以外で昆布は、どのように成育し利用されているのでしょうか?
昆布の成育に必要な自然条件さえ整えば日本同様の昆布はどこでも生育するはずです。昆布は英語でKELP、TANGLEと呼ばれます。5種類のラミナリア、サッカリーナは1~3mに成育し、食用昆布の別名はありますが、欧米ではあまり食べられていません。スコットランドでは「ダッバアタックス」「マーリンス」と呼ばれ、食用材料の一つに数えられています。

アメリカには

 1.アラリヤ・エスキュレンタ
 2.コルダ・フィラム
 3.ラミナリヤ・ジギタータ
 4.アガリム・クリブロッサム
 5.ネレオシスチス・ルーキアナ
 6.マクロシスチス・ピリフェラ

の6種の昆布類(褐藻類)が生育しているといわれます。このうちのマクロシスチス・ピリフェラ、別名ジャイアントケルプと呼ばれる昆布は名前の通り世界最大の昆布であり海藻です。

ジャイアントケルプは、一枚の葉が成長過程で割れて、その割れ目から枝別れし二枚の葉になり、さらにその二枚も片側分裂を続け伸長します。通常は50~70mに生育しますが時には数百mに達するものもあるとか。葉の付け根に洋梨型の浮き袋を持ち、その浮力で巨大な体を海面まで浮上させます。この洋梨型の浮き袋をラテン語でピリフェラと呼ぶことから学名が付けられたそうです。ただし、この世界最大の昆布ジャイアントケルプは食材としては利用されていません。

アメリカカリフォルニア州、モントレー湾にはジャイアントケルプの群生が見られ「海の森」と呼ばれます。 この「海の森」にはラッコやアザラシなどの動物や数えきれない生物が生息します。ジャイアントケルプが海の自然環境を維持する為に役立っています。有名なモントレー水族館にはジャイアントケルプ専用の巨大な水槽があります。ジャイアントケルプの成育海域は北米太平洋沿岸、南米ペルー、チリ沿岸、南アフリカ喜望峰海域、オーストラリア、ニュージーランド南岸の一部です。

その他の地域編

さて、その他の地域はどうでしょう。海藻を食材としてではなく生活上の用具とし、あるいは工業用物資や化学薬品とする方法を開発した歴史は断然ヨーロッパがアジアを引離しています。

一七世紀後半からフランスではケルプ工業がおこり、1692年ルイ十四世は王室海藻製造会社に1年のある期間、海藻採取の特権をあたえてます。ケルプとは大型褐藻類のことですが、これを焼いた灰の意味にも使われます。この灰をヨードや石けん、ガラス製造のためのソーダなどの原料に(後にはアルギン酸にも)用いるのがケルプ工業です。

17~18世紀にかけてスコットランド、ノールウェー、フランスでケルプ工業は全盛期を迎えます。19世紀後半になると、食塩から炭酸ソーダを、チリ硝石からヨードをそれぞれ造る方法が発達したので、ケルプ工業は衰微してしまいます。

大ケルプのこの他の用途としては、茎が大きいので包丁や紙切刃などの柄とし、「人造の鹿角」と名づけて売出しました。 ベルギーやイギリス、フランスの海岸では、家具製造者がホカスコルニシュスという海藻を椅子やベッドの詰物として、馬毛や羽毛に代えて使うと臭気が虫を防ぐので、子供のベッドに適すると喜ばれたそうです。タスマニアや南アメリカの沿岸の一部では、ケルプの大葉で水桶や水かめを作ることもあったようです。

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